こんにちは、ぽよです。
つづきです。
母は信仰熱心で、他の人を勧誘するような行為もしていました。
母はそれをすると功徳があると言っていました。
つまり、他の人を同じ宗教入ってもらうことが出来たり、無知の人に信仰についての話をすると、自分に良いことがある、というのです。
ちなみに今でも言っています(笑)
子どもながらにそこはハテナでした。
『よくわからないけど、お母さんは他の人に信仰の良さを伝えるということを頑張っているんだ』と、最初はふ〜んぐらいの感覚でした。
でも年齢が上がって、周りの友だちのお母さんはこんなことしてないとなんとなく気づいてくると、母が勧誘のようなことをするのがすごく嫌に感じるようになりました。
恥ずかしいとか、隠したいというような感覚でした。
少しずつわたしの中で『わたしのお母さんの言ってることは間違えているんじゃないか?』という気持ちが膨らんでいきました。
家でも毎日、母は何時間も仏壇の前に座っていました。
家族で出掛ける日でも、みんなを待たせても必ず勤行はするというような人で、見ているだけで母の優先順位の1位にこの信仰があるんだとわかりました。
言動もとても信仰の影響を受けており、良いことがあると『功徳だ』『信心をしているおかげだ』と言っていました。
例えば、探し物が見つかったと言うと『ちゃんと勤行したからだ』など、とにかくなんでも結びつけます。
何か出来たという時も『信心している功徳だ』と言われると、頑張った自分を認めてもらえてないと感じました。
うまくいかない時は反対にもっとしっかり信心をするように言われました。
今考えても、全然アドバイスにもなっておらず、励ましにもなっていません。
きっと子どもの時のわたしは、そんな言葉は望んでなかったと思います。

それが積み重なり、中学生の頃には母にあまり自分の身に起きた出来事を話さなくなっていきました。
良いことも悪いことも全て信仰を軸にして話をする母に、少しずつ不信感を抱いていたんだと思います。
『言ってもどうせわかってくれない』とどこかで思っていました。
中学生の思春期もあり、少しずつ嫌な時は反発して母の言いつけを守らず、勤行をしなくなっていきました。
『これやったら幸せになれる?これやらなかったら幸せになれない?そんなのおかしい!』心の中で叫びつつも、まだ母にはそう言えずにいた中学生時代でした。
(つづきます)