ままぶろ

パート保育士をしているママのブログです

【わたし宗教二世だったんだ⑥】大人になったわたしの宗教との決別

こんにちは、ぽよです。

 

つづきです。

 

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一度やらなくなるとぐっとストッパーが外れたように、わたしはほとんど勤行をしなくなり、宗教の集まりにもぴたりと行かなくなりました。

 

もう大人だから『自分のことは自分で決める』という気持ちもぐっと強くなっていました。

 

仕事と遊びで家にゆっくりいないことも多くなり、何か言われてもさっと出かけたり無視をしたりしていました。

 

それでも顔を見ると口うるさくちゃんと信心をしなさいと言われました。

 

反対に辛そうな表情をしながらわたしがちゃんと信心をしなくなって悲しいと言われることもありました。

わたしはこちらの方が嫌でした。

わたしがちゃんと信仰心を持たないことで母を悲しませる?

そんな押し付けで自分の子どもに罪の意識を与えるというやり方が本当に卑怯だと思います。

 

そして大人になるにつれ『結婚するなら同じ宗教をしている人か、そうでなければ入信(宗教に入ること)してもらいなさい!』などと言われることも何度かありました。

 

これに対しては反発よりも頭がおかしいんじゃないか?という気持ちの方が強く、母の考え方が間違っているんだろうなと冷静に捉えて聞き流していました。

 

どこまで自分のエゴを子どもに押し付けるのか、、、

母は子どもの頃から大人になってもずっと、わたしの気持ちや考え方を聞こうとも優先しようともしてくれませんでした。

 

大人になってそう感じるようになると、母のことは大事だし感謝しているけど、自分を理解してくれる味方のような存在とは違うと少し心がすさみました。

 

みんなのお母さんはこんなことはないのかな、と思うと、少し悲しくもありました。

 

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そして20代の時にもう絶対この宗教に関することには関わらない!と思うきっかけになった出来事がありました。

 

母がわたしを宗教の集まりに参加させるために、3人ほどの人を家に呼んだのです。

 

もちろん何の前振りもなく、でした。

急に家の前に車が止まり、誰か来たのかと聞くとわたしが全然集まりに参加しなくなったから誘いに来てもらったと言うのです。

 

腹が立つ気持ちと、気持ち悪さで、かなり激しく怒りました。

 

何を考えてるのか、この人とは分かり合えないなと今までで一番感じた瞬間でした。

 

 

いつも温和で寛容な父がこの時一緒に母に怒ってくれたことを覚えています。

 

父は一体どういう気持ちでこの母と一緒に過ごしてきたのか、、、

良いことが起きたり良い方向に物事が進むと、その人の頑張りや過程を全て無視して『全部この信心のお陰だ』と言うこの母と。

 

父が怒ることは我が家では珍しく、父に強く言われて母も仕方ないと思ったようで迎えに来た人たちには帰ってもらいました。

 

そしてこの時もまた眉間にしわを寄せて『なんで分かってくれないんだ』というような顔をしてわたしを見ていたのでした。

 

(つづきます)