ままぶろ

パート保育士をしているママのブログです

【わたし宗教二世だったんだ⑦】最後に

こんにちは、ぽよです。

 

つづきです。

 

色々あってかなり時間が空きました(^_^;)

 

今回で終わります!

 

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今わたしは結婚して子どももおり、母とは別の家で暮らしています。

 

それでも実家に行くと信仰の話を毎回してきます。

『この信心はすごい』

『信心してるおかげで○○できた』

未だに口癖のように言います。

 

自分にも子どもが出来て、今まで以上に母がわたしに自分の思想を押しつけてきたことをあり得ないと感じるようになりました。

 

今は自分が親になって強く思うのは、子ども達には自分の好きなことをたくさんしてほしいということ。

自分の好きなことを自由に出来る人生を送ってほしいということ。

自分の好きなこと、したいことに正直になり、それを忘れないでほしいということです。

 

 

 

クリスマスや初詣など、わたしが子どもの時したくて出来なかったことを今自分の子どもと一緒に楽しむことができ、子ども達には感謝しています。

 

母の宗教観念の犠牲になってきたことによって、わたしにとって母は自分のしたい事を妨げる存在になりました。

 

何も制限されることのない今になっても、親子関係に与えた影響は消えません。

 

母はわたしのことを分かってない人。

周りの人の気持ちを考えられない自分のことしか考えていない人。

信頼できる人ではありません。

 

わたしが今までどんなことを思ってきたかを理解してもらいたいとも思わない、そんな存在になってしまいました。

 

 

自分自身も今子どもたちの母親なので、自分の子どもにそんな風に思われることはとても悲しいことだというのは分かります。

 

 

でも母の押しつけや制限によって、わたしは母とは信頼関係がうまく築けなかったんだと思います。

 

ただ、身体的な暴力などはなく、身の回りのことには何も困ることなく育ててもらったので、そこは本当に感謝しています。

 



 

宗教は自由で、信仰や思想は自由です。

 

わたしは無宗教ですが、人に害のない宗教に対しては特に偏見もありません。

 

ですが、子どもや家族にも同じ信仰をさせなければならないという教えをする宗教団体の体質には問題があると思います。

 

信者は家族ぐるみで信仰することが正しく立派なことだと感じ、家族や他人にまで勧めたり、勧誘することで自分に良いことがあるという考え方は少し洗脳じみたものを感じます。

 

配偶者や子どもなどにも強制するというのは個人の自由を妨げるだけでなく、人格否定や自己肯定感の低下を招いたり、親子関係、家族関係にも支障をきたす場合もあります。

 

特に小さな子どもは親の言動が全てです。

わたしのように大人になってから自分のような人を『宗教二世』と呼ぶのだということを知る人がほとんどなのではないでしょうか。

 

わたしは今は信仰をしていないので正しくは元宗教二世です。

今宗教二世に当たる人は、本当に自分のしたいことならば問題ありませんが、何かモヤモヤを抱えていたり親に対して自分の事を理解してくれないと感じているなら、立ち止まって考えてみると良いのではないかと思います。

 

親だって人間ですから、間違っていたり、自分の考えとは違うこともあります。

 

自分のしたいこと、自分が正しいと思うことを、自分の物差しで選んでいいのだとわたしは思います。

 

 

長々と続きましたが読んで下さった方、ありがとうございました。